
別の言語にすぐ対応する語が見つかる言葉もあります。たとえば「стол」「солнце」「читать」です。一方で、どうしても訳しきれないように感じる言葉もあります。訳すと、意味の半分を失ってしまったような気がするのです。こうした言葉や表現が、「翻訳できない」言語という神話を生み出します。実際には翻訳できない言語はありませんが、経験豊富な翻訳者でさえ頭を悩ませる文化的な事象やカテゴリーは存在します。なぜそうなるのか、そしてプロの翻訳がどのようにこうした課題を解決するのか、見ていきましょう。
「翻訳不可能」が生じる理由
どの言語にも、その民族ならではの思考様式や文化的価値観が反映されています。ある社会では特定の現象を表す言葉が何十も生み出されている一方、別の社会では短い一言で済ませたり、そもそも何も言わなかったりすることがあります。こうした非対称性に直面した翻訳者は、言い換えたり、意味を説明したり、最も近い表現を選んだりして対応せざるを得ません。
例:日本語の「цундоку」は、本を買って積み上げたまま、最後まで読まない習慣を意味します。ロシア語には、この習慣を表す固有の言葉がありません。翻訳者にできるのは、意味を説明するか、借用語を解説とともに残すことです。
文化的背景と国民性
「翻訳不可能」とされるものの多くは、文化に関わるものです。言葉は単なる音ではなく、文化のコードでもあります。
ドイツ語の「Schadenfreude」(他人の不幸を喜ぶこと)は、誰もが知っている概念でありながら、ロシア語にも英語にも、これほど簡潔に表せる言葉がないことをよく示しています。
スウェーデン語の「lagom」は、節度や「バランスの取れた」暮らしという考え方を表します。その意味は、一般的な「ほどほど」や「中庸」よりもずっと広く、深いものです。
ポルトガル語の「saudade」は、かなわない何かを恋しく思う気持ちと結び付けられています。これを一語で訳すのは不可能で、詳しい説明が必要になります。
いずれの場合も、翻訳者は原語を残すか、注釈を加えるか、説明するか、あるいは訳文に合わせて表現を調整するかを選ばなければなりません。
ぴったりの訳語がないとき
語彙の不足は、翻訳における最大の障害ではありません。翻訳が難しくなるのは、言葉の背後にある現実に、別の文化では対応するものがない場合がほとんどです。
たとえば、フィンランド語の「sisu」は、「粘り強さ」や「勇気」だけでは言い表せません。困難な状況に耐え、障害があっても前に進み続けるという、一連の資質を意味する言葉です。このような場合、プロの翻訳では意味を詳しく説明する方法が用いられます。
英語には、ロシア語の「тоска」という言葉が取り入れられています。ナボコフはかつて、英語の「melancholy」「sadness」「yearning」では、「тоска」の持つニュアンスを十分に表せないと説明しました。この場合も、文脈を説明することが唯一の助けになります。
翻訳者の関心と依頼者の目的
プロの翻訳者にとって大切なのは、文章を文字どおりに訳すことだけではありません。別の文化の中でメッセージがどう受け取られるかも考慮する必要があります。これは特定の読者に合わせて文章を調整するローカライズの分野で、特に重要です。
たとえば、広告やスローガンには、言葉遊びがよく使われます。ある言語では楽しく軽快に聞こえても、直訳すると不自然で場違いになってしまうことがあります。その場合、翻訳者はブランドの価値観を保ちながら、受け手に同じ感情を呼び起こすようメッセージを言い換えます。
文学翻訳では、課題はさらに複雑です。作家独自の語り口や言葉遊び、方言の特徴があるかもしれません。そうした要素を別の言語に完全に移し替えることはできませんが、優れた翻訳者なら、作品の印象を保てる表現技法を見つけます。
翻訳者は「翻訳できない」言葉にどう対応するのか
文化や言語の壁を乗り越えるための方法はいくつかあります。
音訳と解説。用語を原語の表記のまま取り入れ、翻訳者が注釈やコメントを添えます。
説明的な翻訳。一語では意味が足りない場合、説明を加えて表します。
類似表現を探す。訳す言語の中から、意味が近く、少なくとも一部のニュアンスを伝える用語を選びます。
新語を作る。頻度は低いものの、意味を的確に表し、定着する可能性がある場合には、翻訳者が新しい用語を提案することもあります。
実務からの事実:言葉の中には、時がたつにつれて外国語にも定着し、「よそから来た言葉」と感じられなくなるものがあります。今では「カラテ」や「ピッツァ」という言葉に驚く人はいません。しかし、かつてはこれらも「翻訳できない」言葉に分類されていました。
依頼者にとって重要な理由
プロの翻訳を依頼する人は、言葉を文字どおりに訳すだけでは、その意味が伝わるとは限らないことを、必ずしも理解しているわけではありません。ビジネス文書、ウェブサイト、広告キャンペーンでは、特に重要な点です。翻訳者が文化的なニュアンスをどれだけ的確にくみ取れるかが、コミュニケーションの成否を左右します。
たとえば、次のようなケースです。
法律用語を直訳しても、その国の法制度の実情に合っていなければ、誤りや誤解につながるおそれがあります。
マーケティングのスローガンが不自然に聞こえれば、受け手にメッセージが受け入れられないでしょう。
文章が丁寧にローカライズされていれば、自然に受け止められ、信頼感につながります。
まとめ
翻訳できないとされる言葉や表現は、言語がいかに豊かで多様であるかを示しています。プロの翻訳者にとって、それは障害ではなく挑戦です。そのつど、説明する、調整する、類似表現を探す、原語を残すといった方針を選ぶ必要があります。ここで大切なのは経験だけでなく、細部への注意、文化的背景への理解、そして依頼者の目的を把握することです。
このようなアプローチによって、どれほど難しい課題も質の高い成果につなげられます。だからこそ翻訳を依頼する際は、文法だけでなく文化にも通じた専門家に頼ることが大切です。翻訳の真の技量とは、単語だけでなく、原文の意味や雰囲気まで読者に伝えることにあります。
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